『出発』  小野 晃太朗

駅Aと駅Bの間に住んでいる。
家を出るときは駅Aから乗り、帰りはよく駅Bからおりる。
どちらの駅に向かうときも坂道をのぼっていく必要があるし、帰りはいずれも下り坂。

ある日の早朝、家を出て駅Aに向かう途中、集合住宅の入り口に続くスロープを後ろ向きに登る老人がいた。ちょうど『TENET』を見た後だったので、夢を見ているのかスロープの上だけ時の流れが違うのか、少し混乱しながら通り過ぎた。
普段なかなか後ろ向きにあるくことはない。何年か前、当時の同僚に足がしびれたときは後ろ歩きをすると治るのが早いと教えてもらったことがある。実際に畳の上で歩いてみると、痺れの収まりが少し早い気がした。
坂道を後ろ向きにあるくのは、何かの健康法だと聞いたことがある。

前回に提出した『貫井』で使用した写真の場所を経由して帰宅した。
なんとなく坂道に背中を預けてみる。すべり台で滑る途中みたいな身体になる。
そのまま身体を横にして、少しだけ転がり落ちてみた。