映画館に着いたのは上映の5分前だった。着物でエスカレーターを2段飛ばして上がっていたから裾が広がっていた。待ち時間に隣の老人に話しかけられた。彼は日本舞踊をしていてそんな着方はおかしいという。襟が特に気に食わなかったらしい。みっともないと何回も言われた。私は少し直したけどいつも通りだった。2本目の前にも怒られた。私は直さなかった。
襟を拳一個分後ろにするのが今は一般的だ。これを衣紋を抜くという。衣紋を抜けば抜くほど涼しい。衣紋を抜くには長襦袢で肩の山を包み込む。肩にいかに沿わせるかだ。ただ襟をずらすのではなく長襦袢全体を肩に沿わして点ではなく面で体を包む。
坂が地球の自転の点の集合体であるように、衣紋も襟の一点ではなく上体の肩山から背中にかけて広く体と寄り添っている。衣紋を抜くことは坂に似ている。そしてそれは体の持ち主のコレオグラフィーに近い。勝手にずれる。