元岡奈央『衣紋を抜く』_220219

フィールド・ワークショップ2

土地と身振り

講師 : 柴崎友香

「土地と身振り」は、小説家・柴崎友香氏の短編集『百年と一日』に応答することからワークショップを開始しました。ある場所にある百年と一日のような時間の巡りが描かれた本作を元に、各メンバーの個人的な思い出を語ることから始まり、自身の写真と他者の写真の組み合わせからフィクションを書いたり、徐々に自分自身から離れたところへテキストを書きおく試みが続きました。
主観的に時間・空間を自由に並べたり動きまわれるテキストを通じて、主観的な頭の中にある経験と土地を結ぶものとして、具体的な身振りのあることが分かってきました。「土地と身振り」とは、「主観ー身振りー土地」と結ばれたものであり、映像の制作において主題となってきた「私はどこにいるのか」を表す方法と言えそうです。

元岡奈央『衣紋を抜く』_220219

映画館に着いたのは上映の5分前だった。着物でエスカレーターを2段飛ばして上がっていたから裾が広がっていた。待ち時間に隣の老人に話しかけられた。彼は日本舞踊をしていてそんな着方はおかしいという。襟が特に気に食わなかったらしい。みっともないと何回も言われた。私は少し直したけどいつも通りだった。2本目の前にも怒られた。私は直さなかった。
襟を拳一個分後ろにするのが今は一般的だ。これを衣紋を抜くという。衣紋を抜けば抜くほど涼しい。衣紋を抜くには長襦袢で肩の山を包み込む。肩にいかに沿わせるかだ。ただ襟をずらすのではなく長襦袢全体を肩に沿わして点ではなく面で体を包む。
坂が地球の自転の点の集合体であるように、衣紋も襟の一点ではなく上体の肩山から背中にかけて広く体と寄り添っている。衣紋を抜くことは坂に似ている。そしてそれは体の持ち主のコレオグラフィーに近い。勝手にずれる。

駒ヶ嶺薫平『眼で物語る』_220219

改札を通過した瞬間、電車の扉が開いた音が微かにした。歩きながら視線を左右に滑らせる。目的のホームへの道筋が線になって現れる。線に沿って大股で歩くと、すれ違う人の数がどんどん増えていき、線がぼやけてくる。まだ間に合うかもしれないと小走りになり、ホームへのエスカレータを駆け上がる。しかし、そこにはいるはずだった電車はなく、反対側のホームに逆方向の電車が到着する直前だった。

9月になった最初の土曜日。
ファッションビルのショーケースには秋冬物の服が並んでいた。昔よく通った雑居ビルの1階にある古着屋を思い出した。服は買わずに音楽の話ばかりしていた。

出張に来ていた父から連絡があった。どうやら帰りの新幹線まで時間があるので、立ち飲み屋で飲んでいるらしい。朝から降っていた雨は霧雨になり、気になるほどではなくなった。ちょうど近くにいた長男は父の元に向かうことにした。

父にメッセージを打ちながら歩いていると、古い建物ばかりが立ち並ぶ路地に出た。たばこ屋、空き店舗、インドカレー屋、金物屋。昔は賑わった商店街だったのであろうか。メッセージを送信すると、すぐに視線を足下に移し、道を急いだ。水の流れる方向や水溜りの位置を頼りに、道の起伏を大雑把に把握する。可能な限り雨水が少ない箇所に右足を置く。視線は走り続け、次の瞬間には左足が在るべき場所に向かって動いている。そんな動作を繰り返していると、スニーカーの底が地面を擦り付ける感触に違和感を感じ始めた。意識を足底に移すと、今いる場所が微かな丘になっていることに、少し遅れて気がついた。高架線を走る電車が横を通り過ぎていった。電車に乗っている人と目が合った気がした。

最後にDVDを借りたのはいつであったか思い返しながら、TSUTAYA前を通り過ぎた。

父がいた店は狭い路地の奥にあり、最初は気づかず通り過ぎてしまった。よく見たら昔友人と行った立ち飲み屋が斜向かいにあった。父は以前もこの店に来たことがある。その日も今日と同じような雨降りで、普段よりか空いているだろうと予測して来たらしい。店の壁には60年代のウエスタン映画のポスターが飾られていた。メニューを開くと砂漠と同じ色をしたビールがあったので、それにした。

父が昔住んでいた街には、街の住人が映画館通りと勝手に呼ぶ、映画館が集中して軒を連ねるエリアがあり、学生の頃はよく朝から晩まで映画館に入り浸っていたと話し始めた。

その影響か、大学時代にはレンタルビデオ店でバイトをし、DVDを片っ端から借りて見続けた。お気に入りの作品で、付き合いたての男女が夏祭りの帰りに自転車で二人乗りしながら、坂を下から上まで登るシーンがあった。必死に立ち漕ぎをする男は息も切れ切れで、額には大粒の汗が光っていた。だらだらと伸びるその坂道は、小学校の頃に親の仕事の都合で住んだ函館の坂に似ている気がした。

帰路の途中で、ふと思い出したかのように、札幌の大学に通っている弟へ函館にはよく遊びに行くのか聞いてみた。返信が返って来たかと思って携帯を開くと、父から駅から撮影したであろう繁華街のネオンの写真が送られてきていた。

小野晃太郎『貫井』_220219

たぶん窪地に住んでいるのだと思う。

出かけるときは上り坂だし、帰り道はペダルを踏まなくても家までたどり着いてしまう。坂の手前の長い道の勾配は、自転車に乗ってはじめて知った。

近所には傾斜をそのまま残した公園があり、夏になるとダンボールを敷いて滑って遊ぶ親子の姿を見かける。

 

 

住宅地の細い坂道は、車一台が歩行者を避けてぎりぎり通れるほどの幅しかない。近くのスーパーに買い出しに行くとき、遊びながら下校する集団とすれ違うことがある。

以前、道の真ん中で子どもたちが輪になって天を仰いでいたことがあった。視線の先を追うと、電線にナップザックが引っかかっているのが見えた。

 

 

買い物を終えると、さっきとは別の細く急な坂を下りていく。

全力疾走の小学生に追い抜かされたり、カートを押しながら登ってくる人とすれ違いながら下ると、つきあたりには秋葉権現が祀られていて、その傍らにあるステンレス製の丁寧なキャプションには、先程買い物をしたスーパーの名前が添えられていた。

 

 

(小野 晃太朗)